大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

京都地方裁判所 昭和63年(行ウ)13号 判決 1994年4月25日

京都市南区東九条明田町四〇番地

原告

前崎恵子

右訴訟代理人弁護士

小川達雄

京都市下京区間之町五条下ル大津町八番地

被告

下京税務署長 小笠悌董

右指定代理人

石田裕一

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

被告が、原告に対し、昭和六二年一月二〇日付でした原告の昭和五八年ないし昭和六〇年分の所得税更正処分のうち、別紙(課税の経緯)記載の右各年分の確定申告欄の総所得金額を超える部分及びこれに対する過少申告加算税の各賦課決定処分をいずれも取り消す。

第二事案の概要

一  請求の類型(訴訟物)

本件は、原告が、被告のした昭和五八年ないし昭和六〇年分(以下、本件係争各年分という)の各所得税更正処分及び過少申告加算税の各賦課決定処分(以下、本件各処分という)に調査手続上の違法及び総所得金額を過大に認定した違法があるとして、その取消を求めた抗告訴訟である。

二  前提事実(争いがない事実)

1  原告は、肩書地記載の京都市南区東九条明田町四〇番地(以下、原告方という)において、「札ノ辻薬局」の屋号で医薬品、化粧品、雑貨等の小売業を営むいわゆる白色申告者である。

2  原告の本件係争各年分の所得税の確定申告、更正処分、異議申立て、異議決定、審査請求、裁決の経緯は、別紙(課税の経緯)記載のとおりである。

三  本件係争各年分の事業所得金額(総所得金額と同額である。以下同じ)に関する当事者の主張

1  被告の主張

別表乙1の<8>欄記載のとおり、次の金額となる。

(一) 昭和五八年分 金七一二万〇、五六〇円。

(二) 昭和五九年分 金六八九万七、九三七円。

(三) 昭和六〇年分 金五六九万四、六一七円。

2  原告の主張

別表(課税の経緯)の確定申告欄記載のとおり、次の金額となる。

(一) 昭和五八年分 金一〇一万五、六〇〇円。

(二) 昭和五九年分 金一一五万四、九〇四円。

(三) 昭和六〇年分 金一一〇万八、一〇八円。

但し、実額による事業所得金額は、別表甲の<8>欄記載のとおりである。

四  争点

1  本件各処分の調査手続の適法性。

2  本件各処分の推計の必要性。

3  本件各処分の推計の合理性及び事業所得金額。

4  原告の実額反証。

第三争点の判断

一  争点1(本件各処分の調査手続の適法性)

1  被告の主張

税務職員が所得税法二三四条一項所定の質問検査権を行使するに際しては、その範囲、程度、時期、場所等実施の細目に関し、実定法上、特段の定めがなく、これらについては、権限ある税務職員の合理的裁量に委ねられているから、調査の事前通知、調査理由の個別の具体的な告知、調査の際の第三者の立会いについても、権限のある税務職員の合理的な裁量に委ねられている。

本件では、後記第三の二1(一)ないし(七)のとおり、被告の部下職員(以下、部下職員という)がその裁量権を逸脱、濫用したと認めるべき事情は存しない。

したがって、本件各処分の調査手続(以下、本件調査手続という)には、何ら違法な点はなく適法である。

2  原告の主張

被告は、次の(一)ないし(四)のとおり、違法な税務調査を行い、本件各処分をした。だから、違法な税務調査に基づく本件各処分はその取消を免れない。

(一) 事前通知をしない。

原告夫婦は、重度の精神障害(自閉症)を持つ息子をかかえ、一時も息を抜くことのできない生活を送っている。だから、税務調査に際しては、原告に及ぼす不利益を最小限にするために事前通知は不可欠であり、これを欠く本件の質問検査権の行使は、その権限を濫用する違法なものである。

(二) 第三者の立会を認めない。

税務調査において、不当な調査を監視し、納税者の利益を守るためには、第三者の立会いが不可欠である。そうすると、第三者の立会に守秘義務違反や税理士法違反等の具体的な弊害が認められないのに、部下職員が第三者の立会を認めず、一方的に調査を打ち切ることは、その職員の恣意に基づく権限濫用行為である。

(三) 調査理由を開示しない。

税務調査は、納税者の事業と生活に不利益な影響を及ぼすものであり、又、本来、納税者の協力を求めうる任意調査にすぎないのだから、部下職員は、原告に対し個別の具体的な調査理由を開示すべきである。それなのに、これを開示せず部下職員が行った本件調査手続は違法である。

(四) 原告の承諾なく仕入先に対する反面調査を行った。

反面調査は、被調査者の信用を損なう等その影響が大きい性質のものであるから、その調査には被調査者の承諾があるか、被調査者に対する直接の調査が不可能である等、真にその客観的必要性がある場合に限られるべきである。それなのに、右のとおり、部下職員は原告に対する調査を尽くさず、原告の承諾も得ないで反面調査を行ったのだから、右調査は違法というべきである。

3  検討

所得税法二三四条一項所定の質問検査による税務調査は、租税実体法によって成立した抽象的な納税義務を具体的に確定するための事実行為であって、課税処分とは本来別個のものである。だから、調査手続の違法は、それが刑罰法規に触れたり、公序良俗に反する等およそ税務調査を行ったとはいえないと評価されるほど違法性の程度が著しい場合を除いては、課税処分の取消事由にはならないものと解するのが相当である。

そうすると、原告の主張は、前記第三の一2(一)ないし(四)の事実関係を前提としたとしても、部下職員による質問検査権行使の過程に本件各処分の取消事由となるような重大な違法があるとは認められないから、主張自体失当というべきである。のみならず、質問検査の範囲、程度、時期、場所等の実施の細目については、質問検査の必要があり、かつ、これと相手方の私的利益との衡量において社会通念上相当な限度にとどまる限り、権限のある税務職員の合理的な選択に委ねられている(最決昭四八・七・一〇刑集二七巻七号一二一一頁、最判昭五八・七・一四訟務月報三〇巻一号一五一頁参照)。そして、本件の税務調査の経緯は、後示認定第三の二3のとおりであるから、原告主張の事前通知、調査理由の開示をしないこと、調査に第三者の立会いを認めなかったこと、原告の承諾なく反面調査を行ったことなどにつき、部下職員に裁量権の濫用があるとか、本件調査の方法や程度が、原告との利益衡量において、社会通念上相当な限度を超え違法であるとすべき事実は、本件全証拠によっても認めるに足りない。

よって、本件各処分における調査手続には何ら違法な点はなく、適法というべきである。

二  争点2(本件各処分における推計の必要性)

1  被告の主張

被告は、次の(一)ないし(七)のとおり、止むを得ず、原告の仕入先等に対する反面調査を行い、原告の事業所得金額を推計し、本件各処分を行ったものであるから、本件各処分には、推計の必要性が存在する。

(一) 原告が被告に提出した本件係争各年分の所得税の確定申告書は、いずれも所得金額のみが記載されており、所得金額の計算の基礎である収入金額及び必要経費の金額の記載を欠く極めて不十分なものであった。そこで、被告は、部下職員に原告の所得税調査に当たらせた。

(二) 昭和六一年八月四日、部下職員は、原告方に臨場し、本件係争各年分の所得金額が適正であるかどうかを確認するための調査に来た旨を告げ、所得金額の計算に必要な帳簿書類等の提示を求めた。しかし、原告は、これに応じなかった。そこで、部下職員は、原告に対し、次回臨場時までに帳簿書類を用意しておいて欲しい旨を言い残して原告宅を辞去した。

(三) 同年九月五日、部下職員が原告方に再度臨場したところ、応対した原告の夫前崎好男は、調査に無関係な第三者五名を同席させ、帳簿書類等を提示せず、調査に協力する態度を示さなかった。そこで、部下職員は、このような状況下では調査を進めることができないと判断し、再度臨場する旨を告げて帰署した。

(四) 同月八日及び一二日、部下職員は、原告方に臨場し、調査に協力するよう求めたが、原告は、帳簿書類を提示せず、調査に協力しなかった。

(五) 同月一六日、部下職員は、原告方に電話し、右前崎好男に調査に無関係な第三者の立会いなしで帳簿書類を提示し調査に協力するよう求めたが、協力する旨の回答が得られなかった。そこで、部下職員は、これ以上調査は進展しないものと判断し、やむを得ず反面調査に移行する旨を原告らに告げ、原告の仕入先等に対する反面調査を行った。

(六) 同年一〇月一五日、部下職員は、原告方に臨場して反面調査の調査結果を説明した。同月二二日、原告方に臨場したときは、前記前崎好男は、調査に無関係な第三者の立会いを強いたり、テープレコーダーを用意するなどして調査に全く応じようとはしなかった。

(七) 同月二五日、部下職員は、原告方に臨場し、修正申告を促したが、これに応じなかった。そこで、部下職員は、同月二九日までに下京税務署まで来署を要請したが、同月二九日、原告の夫の前崎好男から税務署には行けない旨の電話連絡があった。

2  原告の主張

推計の必要性は、推計課税の適法要件である。被告が行った原告の事業所得金額の推計は、前記第三の一2(一)ないし(四)のとおり、違法、不当な税務調査に基づくものであって、調査を十分に尽くしたものとはいえない。したがって、本件各処分には、推計の必要性がなく違法である。

3  検討

証拠(乙二ないし四、証人阿部巧、同前崎好男の一部)及び弁論の全趣旨を総合すれば、被告主張の前記第三の二1(一)ないし(七)の各事実が認められ、これに反する証人前崎好男の証言はたやすく信用することはできず、他に右認定を覆すに足りる的確な証拠がない。

したがって、被告が原告の本件係争各年分の事業所得金額を算出するについて、推計によって認定する必要があったことが認められる。

三  争点3(本件各処分の推計の合理性及び事業所得金額)

1  被告の主張

(一) 事業所得金額

(1) 本件係争各年分の事業所得金額

原告の本件係争各年分の事業所得金額は、別表乙1の<8>欄記載のとおり、次の金額となる。したがって、本件各処分は、いずれもその各金額の範囲内にあるから適法である。

<1> 昭和五八年分 金七一二万〇、五六〇円。

<2> 昭和五九年分 金六八九万七、九三七円。

<3> 昭和六〇年分 金五六九万四、六一七円。

その算定方法は、次の(2)ないし(6)のとおりである。

(2) 売上原価の額

本件係争各年分の売上原価の額は、別表乙1の<2>欄記載のとおりであり、その明細は、別表乙2のとおりである。

なお、各年分の期首及び期末の商品棚卸高が不明であるため、期首と期末を同額とみて、各年分の仕入金額を当該年分の売上原価の額とした。

(3) 売上金額

本件係争各年分の売上金額は、右(2)記載の売上原価の額を別表乙3の1ないし3記載の同業者の当該年分の売上原価率(売上原価の額の売上金額に対する割合)の平均値(以下、平均売上原価率という)で除して算定した。原告の本件係争各年分の売上金額は、別表乙1の<1>欄記載のとおりである。

(4) 算出所得金額

原告の本件係争各年分の算出所得金額(売上金額から売上原価及び一般経費を差し引いた金額)は、前記(1)の売上金額に、別表乙3の1ないし3記載の同業者の当該各年分の算出所得率(算出所得金額の売上金額に対する割合)の平均値(以下、平均算出所得率という)を乗じて算定した。原告の本件係争各年分の算出所得金額は、別表乙1の<5>欄記載のとおりである。

(5) 特別経費の額

原告は、夫の前崎好男が原告肩書地に所有する店舗兼居宅(木造瓦葺二階建)において医薬品等の小売業を営んでいる。右建物のうち、事業用に使用している部分の減価償却費の額は、本件係争各年分とも、別表乙1の<6>欄記載のとおり、金三万六、九〇六円である。

なお、右建物の取得価額が不明であるので、同建物の昭和五八年度の固定資産税評価額(金一九五万二、七〇〇円)を取得価額とし、事業専用割合を五〇パーセント(原告は、同建物の半分を居住用として使用していると認められる)として計算した。

減価償却費の算出方法及び金額の明細は、別表乙4に記載のとおりである。

(6) 事業専従者控除額

事業専従者控除額は、原告の母である中西シズヱに係るものである。

右金額は、別表乙1の<7>欄記載のとおり、昭和五八年分は金四〇万円、昭和五九年分及び昭和六〇年分は金四五万円である。

(二) 推計の合理性

被告が原告の本件係争各年分の事業所得金額を推計するに当たり、用いた同業者の選定の経緯及びその推計方法は次のとおりである。

(1) 同業者の抽出基準

大阪国税局長は、原告の事業所所在地を所轄する被告に対し、青色申告書により所得税の確定申告書を提出している者のうち、本件係争各年分を通じて、次の<1>ないし<7>のすべての条件に該当する者を抽出するよう通達指示した。

<1> 医薬品小売業を主として営む者(化粧品、日用品、洗剤等の雑品を併せて販売する者を含む。但し、たばこを販売する者は除く)。なお、医薬品については漢方薬を主として取扱っている者でないこと。

<2> 右<1>以外の業種目を兼業していないこと。

<3> 年間を通じて事業を継続して営んでいること。

<4> 事業所が自署管内にあること。

<5> 売上原価が、金八五〇万円以上、金四、五〇〇万円未満であること。

なお、右売上原価の範囲は、原告の売上原価(仕入金額)が別表乙2記載のとおりであることから、事業規模の類似性を担保するため、下限を昭和六〇年分の概ね〇・五倍、上限を昭和五八年分の概ね二倍とした。

<6> 事業専従者を一名有すること。

<7> 対象年分の所得税について、不服申立て又は訴訟が係属中でないこと。

(2) 同業者の選定件数及び同業者率の内容

右通達により抽出された同業者は九名であり、その売上金額、売上原価、売上原価率、一般経費、算出所得金額、算出所得率は、別表乙3の1ないし3記載のとおりである。

(3) 同業者の抽出過程

前記(1)の抽出基準は、原告の事業内容に基づき設定したものであって、当該基準により抽出された同業者は、原告と業種、営業地域、事業形態及び事業規模等の点において類似性を有し、本件係争各年分を通じ継続して事業を行っている業者であるから、原告の所得を推計する基礎としては適当である。又、右同業者はすべて青色申告者であるから、その金額等の算定根拠となる資料はすべて正確なものである。

しかも、右同業者の選定は、大阪国税局長に発した通達に基づいて機械的になされたもので、その選定に当たって恣意の介入する余地はない。

したがって、被告が右により選定された平均売上原価率、平均算出所得率(同業者率)を用いて原告の本件係争各年分の事業所得の金額を推計したことは合理的である。

2  原告の主張

(一) 事業所得金額

(1) 前記第三の三1(一)(1)(本件係争各年分の事業所得金額)は争う。原告主張の金額は、別紙(課税の経緯)の確定申告欄記載のとおり、次の金額である。

<1> 昭和五八年分 金一〇一万五、六〇〇円。

<2> 昭和五九年分 金一一五万四、九〇四円。

<3> 昭和六〇年分 金一一〇万八、一〇八円。

(2) 前記第三の三1(一)(2)(売上原価の額)のうち、原告の仕入先が別表乙2記載の取引先であること、本件係争各年分の仕入金額が売上原価であることは認め、その余は否認する。

(3) 前記第三の三1(一)(3)(売上金額)は、争う。

(4) 前記第三の三1(一)(4)(算出所得金額)は、争う。

(5) 前記第三の三1(一)(5)(特別経費の額)は、争う。

(6) 前記第三の三1(一)(6)(事業専従者控除額)は、認める。

(二) 推計の合理性

(1) 原告の営む薬局の周辺には、十数件もの薬局がひしめいている極めて競争が激しい地域である。したがって、原告の営業は相当値引きをしていかなければやっていけない。それなのに、抽出された同業者については、その事業所が下京税務署管内にあるというだけで、その地域性すら明らかではない。だから、被告主張の同業者率は、原告の右営業実態を無視した非常に高率なものである。したがって、被告抽出の同業者と原告との間に業態の類似性がなく、被告の同業者率による推計方法には合理性がない。

(2) 原告は、重度の精神障害を持つ息子をかかえながら営業するという困難をかかえており、売上が減少するという状況におかれている。だから、これらの要素を考慮しないでした被告の推計には合理性がない。

3  検討

(一) 推計の合理性

(1) 証拠(乙五、六、証人的野珠輝)及び弁論の全趣旨によれば、前示の被告主張の第三の三の1(二)(1)(同業者の抽出基準)、(2)(同業者の選定件数及び同業者率の内容)、(3)(同業者の抽出過程)の各事実が認められる。

右認定の事実によれば、同業者の選定基準は、業種、業態の同一性、事業所の近接性、事業規模の近似性等の点で同業者の類似性を判別する要件として合理的なものである。そして、その抽出作業について大阪国税局長の恣意の介在する余地は認められず、かつ、右調査の結果の数値は青色申告書に基づいたもので、その申告が確定しており信頼性が高い。抽出した同業者数も九名であることから、各同業者の個別性を平均化するに足りるものである。

したがって、右により算出された比準同業者の平均売上原価率及び平均算出所得率(同業者率)を基礎に算定された原告の本件係争各年分の事業所得金額の推計には、特段の事情のない限り、合理性があるということができる。

(2) 原告の主張の検討

これに対し、原告は次のように主張する。即ち、原告の営む薬局の周辺は競争が激しい地域であり、原告には、重度の精神障害を持つ息子がいるのだから、これらの原告の事情を考慮しない被告主張の推計は不合理であるという。そして、これに副う証拠(甲八三八、証人前崎好男)がある。

しかし、推計による所得金額の算出においては、その性質上、同業者との間に通常存在する程度の営業条件の差異は、平均値の中に吸収されるものというべきである。だから、納税者の個別的な営業条件等の事情は、同業者率の平均値を求める過程で捨象されてしまうようなものではなく、当該平均による推計自体を全く不合理ならしめる程度の顕著なものでなければならないと解すべきである。

これを本件についてみると、原告主張に副う前掲各証拠によっても、原告主張の事情が被告主張の同業者率による推計を不合理ならしめる程度の顕著なものであると認めるに足りず、原告の右主張は理由がない。

したがって、被告が平均売上原価率、平均算出所得率(同業者率)を用いて原告の本件係争各年分の事業所得の金額を推計したことは合理的である。

(二) 事業所得金額

(1) 売上原価の額

証拠(乙七ないし一三、証人的野珠輝)及び弁論の全趣旨によれば、本件係争各年分の仕入金額は、被告主張の第三の三1(一)(2)のとおり、別表乙1の<2>欄記載の金額であり、その明細は別表乙2のとおりであると認められる。そして、本件係争各年分の仕入金額が売上原価であることは、当事者間に争いがない。

したがって、原告の本件係争各年分の売上原価は、別表乙1の<2>欄記載のとおり、被告主張額と同額になる。

(2) 売上金額

右(1)の売上原価の額に、別表乙3の1ないし3記載の同業者の平均売上原価率で除して算定される原告の本件係争各年分の売上金額は、別表乙1の<1>欄記載のとおり、被告主張額と同額と認められる。

(3) 算出所得金額

右(2)の売上金額に、別表乙3の1ないし3記載の平均算出所得率を乗じて算定される原告の本件係争各年分の算出所得金額は、別表乙1の<5>欄記載のとおり、被告主張額と同額と認められる。

(4) 特別経費の額

イ 証拠(乙一四、証人的野珠輝)、前示第二の二(前提事実)1の事実、弁論の全趣旨によれば、次の各事実が認められる。

(イ) 原告は、夫の前崎好男が原告肩書地に所有する店舗兼居宅(木造瓦葺二階建)において医薬品等の小売業を営んでいる。

(ロ) 原告は、同建物の半分を居住用として使用している。

(ハ) 昭和五〇年一五日、右建物は新築され、昭和五四年一〇月二二日、増築された。昭和五五年度の固定資産税評価額は、金一九五万二、七〇〇円であり、その後、昭和六二年度まで右評価額に変化はない(乙一四)。

ロ これらの事実からすれば、原告が事業に使用している右建物部分の減価償却費は、本件係争各年分の特別経費と認められる。そして、その金額は、右建物の取得価額が不明であることから、右(ハ)の固定資産税評価額を取得価額とし、右(ロ)のとおり、事業専用割合を五〇パーセントとして、別表乙4記載のとおり、計算するのが相当である。そうすると、原告の本件係争各年分の減価償却費は、別表乙1の<6>欄記載のとおり、被告主張額と同額と認められる。

(5) 事業専従者控除額

事業専従者控除額が、別表乙1の<7>欄記載のとおりであることは、当事者間に争いがない。

(6) 事業所得金額

以上によれば、原告の本件係争各年分の推計による事業所得金額は、前認定(二)(3)の算出所得金額から、前認定(二)(4)の特別経費の額及び同(5)の事業専従者控除額を差し引いた金額であるから、別表乙1の<8>欄記載のとおり、被告主張額と同額と認められる。

四  争点4(原告の実額反証)

1  原告の主張(被告の前記推計の合理性の主張に対する反論)

原告の本件係争分の実額による事業所得金額は、別表甲の<8>欄記載のとおり、次の金額となる。

(一) 昭和五八年分     金三七万〇、五四八円。

(二) 昭和五九年分 マイナス金二九万七、一九二円。

(三) 昭和六〇年分     金五九万五、二四七円。

したがって、別紙(課税の経緯)記載の本件各処分の認定した所得金額は、右実額による所得金額に比べて過大であるから、被告のなした推計課税は違法であり、取消を免れない。

2  被告の主張

(一) 納税者が推計課税において認定された所得金額を実額の反証によって覆すためには、単に収入及び経費の一部を立証すれば足りるものではなく、収入と経費の双方の全額を実額で明らかにし、その主張の所得金額が真実の所得金額に合致することを合理的な疑いを容れない程度に立証しなければならない。

(二) 原告の実額反証は、次のとおり、極めて不十分なものであって、これにより原告の所得金額を実額計算することは不可能である。即ち、原告提出の甲第一ないし第三号証の売上金額及び仕入金額(売上原価)を記載したノート(以下、本件ノートという)は、日々の売上に係る裏付資料を欠き、右ノートの記載内容の真実性、正確性を確認することができない。又、原告が一般経費、特別経費の実額を証する書証として提出する領収証、請求書、その他これに類する原始資料には、事業との関連性が認められないもの、信憑性に乏しいもの、重複するもの等が数多く含まれており、証明力が低い。

このように、原告の実額反証は不十分なものであり、理由がないことが明らかである。

3  検討

(一) 実額反証の範囲及びその程度

申告納税制度の下において、本来、正しい申告をすべき義務のある原告が、右義務に違反して帳簿書類等の提示を拒否したことにより、被告課税庁をして推計課税を余儀なくさせた以上、原告が所得の実額を主張して課税庁のした推計の合理性を否定するには、その主張する収入金額がすべての取引先からのすべての取引についての捕捉もれのない総収入金額であり、かつ、その収入と対応する必要経費が実際に支出され、当該事業と関連性を有することを合理的な疑いを容れない程度にまで完全に主張、立証しなければならないものと解するのが相当である。

(二) 本件係争各年分の総収入金額の検討

(1) 原告は、本件係争各年分の総収入金額を別表甲の<1>欄記載のとおりであると主張し、これに副う本件ノート(甲一ないし三)を提出している。そこで、原告主張の総収入金額が本件ノートによって認定できるのか否かを検討する。

証拠(甲一ないし三、証人前崎好男の一部)、弁論の全趣旨によれば、次の各事実を認めることができる。

イ 原告は、もともと会計帳簿の類をほとんど作成していない。本件ノートには、日々の現金の出入りが継続的かつ克明に記帳されておらず、数日分の売上金額の合計額と仕入先に対する支払金額のみが記帳されており、現金残高の記帳はない。

ロ 本件ノートへの記帳方法は、売上金の保管場所における現金の増加分を一週間ないし一〇日単位でまとめて売上金額として記帳するというものである。

ハ 証人前崎好男は、本件ノートの記帳に際し、本件係争各年分の売上を示すレジペーパーと一応照合していたと証言するが、本件訴訟においてレジペーパー等日々の売上に係る資料は何ら提出されていない。

ニ 右証人前崎は、仕入れに対するリベート及び商品の破損補償等の雑収入があった旨を証言するが、本件ノートには右金額の記帳はなく、その裏付けとなる証拠の提出もない。このように認められる。

(2) 右イないしニの各事実によれば、本件ノートの記載内容の真実性を裏付けるレジペーパー等の原始資料はなく、証人前崎好男又は原告が右原始資料に基づき本件ノートに日々の取引をその都度、正確に記載していたとは認められない。そうすると、本件ノートは、正式な金銭出納簿に準ずるものとは認められないから、これによって、原告主張の収入金額がすべての取引先からのすべての取引についての捕捉もれのない総収入金額であることを合理的な疑いを容れない程度にまで立証することはできないといわざるを得ない。そして、他に、原告主張の総収入金額を実額で認めるに足りる証拠はない。

したがって、原告主張の収入金額は、実額による総収入金額であるとは認められない。

(三) 本件係争各年分の必要経費の検討

ところで、右の場合、原告が実額によって総収入金額を明らかにすることができない以上、原告主張の実額による経費については、その余の判断を加えるまでもなく、その主張は理由がないというべきである。けだし、実額による事業所得の金額は、右総収入金額から必要経費を控除して算出するものだからである。そして、単に推計計算の一項目にすぎない必要経費のみに対する実額主張は、推計による収入金額と実額による必要経費との間には何ら対応関係のないことが明らかであるから、被告の推計に対する有効な実額反証にはならないものと解するのが相当である。

したがって、原告の実額反証は失当というべきである。

第四結論

以上のとおり、被告の推計には必要性、合理性が認められ、かつ、原告の実額反証には理由がないから、原告の本件係争各年分の事業所得金額は、別表乙1の<8>欄記載の被告主張額と同額と認められる。したがって、別紙(課税の経緯)記載の本件各処分の事業所得金額(総所得金額)は、いずれも右別表乙1の<8>欄記載の事業所得金額の範囲内であるから、本件各処分は、いずれも適法な処分であり、これに違法な点はない。

(裁判長裁判官 中村隆次 裁判官 河村浩 裁判官角田正紀は、転補のため署名捺印することができない。裁判長裁判官 中村隆次)

別紙 課税の経緯

別表 甲

別表 乙1

原告の事業所得金額

別表 乙2

原告の仕入金額

別表 乙3の1

同業者率明細 (昭和58年分)

別表 乙3の2

同業者率明細 (昭和59年分)

別表 乙3の3

同業者率明細 (昭和60年分)

別表 乙4

原告の減価償却費の計算明細

1.取得価額 1,952,700円

2.耐用年数 24年

3.償却率 0.042

4.事業専用割合 50%

5.償却費の算出

昭和58年分から昭和60年分まで同一の算出額となる。

1,952,700円×(1-0.1)×0.042×0.5=36,906円

* 取得資産の残存価額の割合

6.各年分の減価償却費の額 36,906円

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例